ハロウィン
著者:るっぴぃ


 僕は困っていた。
 そう、銀先生の課題の提出が明日に迫っているのだ。内容は【自分の部屋をデッサンする】こと。出されたのは一昨日だし、忘れるなんてことがあったら折檻決定とみて間違いはないだろう。
 そして、手に持った手帳に目を落とす。今日の日付は10月31日、ハロウィンのお祭り。
(つまり、ほぼ確実に桃乃さんたちがお祭り騒ぎをしている……!)
 どうにかして撒くことができなければ……。
『くれぐれも、課題を忘れるなんてことがないようにしてくださいね♪』
い、いやいやいや! だめだ、絶対に撒かなきゃ。できなかったら僕は、僕は……!
 悲壮な決意とともに顔をあげた先にはビルの間に囲まれる様にしてひっそりと建つ、鳴滝荘があった。

「た、ただいまー」
 桃乃さんや珠実ちゃんに見つからないようにかなり小声で帰宅を告げる。ああ、どうか見つかりませんように……!
 すばやく玄関に入り、靴を脱いで上がる。靴は下駄箱の中に入れる。
そして和風な廊下をできる限り音が出ないように歩く。大丈夫、中庭にも人はいない。これなら見つからずに部屋に戻れる……! 心ゆくまで課題ができる……!!
 自分の部屋、2号室前に立つ。大丈夫、中からの音は聞こえない。解錠して、部屋に入

「第3回、どきどきハロウィンパーチー開催〜!」

 そして僕は始めから負けていたということに気づいた。どさ、と鞄が肩から落ちる。ああ、僕の課題が……。
 僕が部屋の入るなり叫んだ桃乃さんの隣で、珠実ちゃんがぱちぱちと拍手をしている。確実に楽しんでいるのが目に見えるようだった。
「およ? どしたの白鳥クン。そんなところでうなだれてたら始まるものも始まらないわよ?」
「白鳥さ〜ん、そんなに私たちと遊ぶのが嫌なんですか〜?」
 桃乃さんと珠実ちゃんが口々に文句を言ってくるが、たったそれしきのために折檻を受ける事には変えられない。
「い、いや課題があって……」
「何言ってるのよ白鳥クン。そんなのパーチーが終わった後でやればいいでしょー? んじゃ、支度支度っと。あ、白鳥君。まずこれ被って」
 そう言って桃乃さんが手渡してきたのは大きなかぼちゃ。目と口の部分が丸くくり抜かれて、下の部分にもまるで顔が入るみたいな穴があいていた。って、これってまさか……。
「早く被りやがれです〜」
「ちょっとまっ、もがッ」
 珠実ちゃんにかぼちゃを押し付けられる。するとかぼちゃはすぽんと頭にはまってしまった。珠実ちゃんはそれを見届けると、どこからかカメラを取り出し「激写激写〜」とフラッシュをたきまくっている。
「というか、これ息苦しいんですけど……」
「にゃはは、ダイジョブダイジョブ。いざとなったら叩き割ればいいだけだしね。あ、でもイベントが終わるまでは割るの禁止だからね! わかった? ま、どっちにしてもかぼちゃのかわりは沙夜ちゃんがたんまり彫ってくれたから抵抗は無意味だけどねー」
 逃がす気もないくせに……。
とりあえず桃乃さんはイベントが終わるまでと言った。ということはさっさと終わらせてしまえば課題ができるだろう。だとしたら進める方が得策!
「それで、桃乃さん。こんな被りものをさせて、一体何をやろうとしているんですか?」
「およ、乗り気になったの? んじゃまあ説明するとー、あれ? なんだっけ」
「桃さんもうアルツハイマーでも始まってるんですか〜?」
「うっさいお珠! ちょっと待って、今思い出すから。う〜んと」
 だけど珠実ちゃんはそんな桃乃さんには構わず話を進めていく。
「まあ要するに、白鳥さんには鳴滝荘の各部屋に回って『Trick or Treat!』って叫んできてもらいたいんですよ〜。それで全員からお菓子をもらってきたらお終いです〜。そしたらその被り物も脱いじゃっていいですよ〜」
「あー! こらお珠! 私の台詞取るなー!!」
「ちゃんと私たちの部屋にも来て下さいねー? 私たちはこれから部屋に戻りますけど」
「珠キチー! 話を聞けー! って、ふぇ?」
 珠実ちゃんは後ろで騒いでいた桃乃さんの方に振り返ると、その頭をわしづかみにした。
「サボって課題なんかやっていたりしたらこうなりますからね〜?」
 そう言って珠実ちゃんは手に持った桃乃さんを放り投げる。見事に壁に着地した桃乃さんの足を掴むと、珠実ちゃんはそのまま部屋の外まで引きずっていき、「それでは私も部屋で待ってますから、5分間だけ待ってから始めてくださいね〜」といつも通りの口調で帰っていった……。

5分後。

〇茶ノ畑珠実の場合
 机の上にあった『回る順番の紙』を見ながら廊下に出る。
『回る順番は1号室の珠キチの部屋からね→3号室のアタシの部屋に→ひとつとばして6号室のジョニーの所→管理人室の梢ちゃんの所に行って→最後に戻って5号室の朝美ちゃんと黒崎さんのところに行ってねー。そしたら自分の部屋に戻ってそれ脱いでいいから』
 と、桃乃さんの字で書いてあった。梢ちゃんが後ろの方なのは何となくわかるけど、どうして朝美ちゃんのところが最後なんだろう?
 とりあえず隣の1号室の扉をノックする。
 バタバタと音がして、はいないというかむしろ音なんて全く立てずにだけど珠実ちゃんが出てきた。
「えと、Trick or Treat!」
 すると珠実ちゃんは一瞬固まった後、やれやれとでも言うように首を振った。
「良いですか〜、白鳥さん。ハロウィンのお祭りは驚かせてなんぼなんですよ〜? それを驚かせる気もないどころか、噛みながらなんてもってのほかです〜」
「ご、ごめん珠実ちゃん」
「そもそもですね〜、あなたには緊張感が足りないのですよ〜」
「き、緊張感……?」
「そうです〜。まあそれがいいところに結びついているのかもしれませんが〜、油断は禁物ですよ〜」
「は、ハロウィンのお祭りに緊張感って……」
「あなたの意見は聞いていないのですよ〜。わかったらこれを持ってさっさと次に行きやがれ〜、です〜」
 そう言って珠実ちゃんポケットの中からクッキーの包みを取り出して渡してくれた。とりあえず認められたってことでいいのかな……?

〇桃野恵の場合
 続いてやってきたのは桃乃さんのいる3号室。ここでもノックをしかけてさっきの珠実ちゃんの言葉を思い出す。
『ハロウィンのお祭りは驚かせてなんぼなんですよ〜?』
『油断は禁物ですよ〜』
 そうしたら、ノックなんてしないでいきなり開けた方が驚くかな?
 そう決めると、僕はドアをノックなしで思い切って開ける。すると、部屋の中からゴンという音と、「ぷぎゃあ!」という悲鳴が聞こえてきた。
 ……。よし、次の部屋に
「って、待てーい!」
「うあ、桃乃さん……? あ……、Trick or Treat……」
「違うでしょ! いきなり扉を開けたら痛いじゃないの! 折角ノックをしたらドアを押さえて開けられなくしようとか思ってたのに! フンガイしちゃうわよ!」
 怒鳴りながら振り回す腕には、既に酒瓶が握られていた。
「……何だか今、謝ろうとしてた自分が虚しくなってきたんですけど」
「そりゃあうかれてふらふらしてた私も悪いっちゃあ悪いんだけど、って違あああああう!
 ……とりあえず、はいこれ。ちゃんと持っていってね」
 そう言って桃乃さんが渡してきたものはキャンディーが2本だった。どこに持っていけばいいのかを聞こうとする前に桃乃さんは部屋の中に入ってしまった。
仕方がないので僕はそれを持って次の部屋に向かった。

〇灰原由起夫と流星ジョニーの場合
僕が6号室の前に行くと、同時に灰原さんが部屋から出てきた。手にはいつも通り犬のパペット、もとい流星ジョニーがはめられている。出会いがしらに一瞬ぽかんとした後、ジョニーが反応した。
「うおっ、……と今年ももうそんな時期だったか。今年は誰がやってンダ?」
「えと、僕ですけど……」
「おっと、今年は白鳥か。まあお前も大変だろうとは思うが頑張れヨ。それじゃあ準備しねえといけねェな……」
 そういうと灰原さんは一度部屋の中に引き返し、がさごそと部屋の中をあさってから戻ってきた。
「……ほらヨ、これ持ってけ。どうすりゃいいかなんて、持ってりゃその内わかんだから、あんまり気にすんなよヨ? 悩みがちなのはお前の癖だからナ」
 そう言ってジョニーが手渡してきたのはマシュマロの袋だった。
 灰原さんはその袋を僕に渡すと「それじゃあちょっくら準備でもしてくらァ!」といって部屋の中に戻ってしまった。

〇蒼葉梢の場合
 僕は管理人室の前にくると、桃乃さんの時の反省を生かして今度はノックをして扉が開くのを待った。
 すぐにぱたぱたと部屋の中を歩く音がして、梢ちゃんが出てくる。
「あれ? 白鳥さん、どうしたんですか?」
「あ、……ええと。Trick or Treat……って回ってるんだけど、何で僕だってわかったの?」
「桃乃さんが先ほど話してくれましたから……。それはそうと、ハロウィンのお祭りですね。もうそんな時期なんですね。じゃあっと……」
 梢ちゃんは一度部屋の中に引き返すと、部屋に備え付けてある冷蔵庫の中から何かを持ってきたみたいだった。
「それじゃあ白鳥さん、これを」
 差し出されたのは、梅干しだった。梢ちゃんは、僕が受け取った後も梅干しの瓶をいとおしそうにじっと見つめている。
「……って、梢ちゃん!」
「はい、なんでしょうか?」
「……い、いや。何でもないよ。あはは……」
 あんなに無邪気な瞳で見つめられたら、「なんでハロウィンに梅干し?」なんて聞けないじゃないか……。ましてその目が今にも梅干しを食べそうだったからなんて……。

〇黒崎親子の場合
 5号室の扉をノックすると、「はーい、今出まーす!」と朝美ちゃんの声がして慌てて飛び出してくる音が聞こえた。すぐに扉が開かれる。
「Trick or Treat!」
「ほえ……? お兄ちゃん? 何で被り物してるの?」
「桃乃さんに押し付けられたんだよ……」
「……お菓子のにおい……」
 今までどこにいたのか、振り向くと沙夜子さんが僕の手の中からマシュマロを取って食べていた。
「ってお母さん、勝手に食べちゃだめでしょ!」
「…………、だめなの……?」
「い、いや、僕のじゃないので別にいいですけど……」
 ほわあ、と幸せそうな顔をして沙夜子さんがマシュマロを頬張る。朝美ちゃんがうずうずと眺めていたので差し出すと「で、でもいいの? これ誰かにもらったんじゃ……」と心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だと思うよ。そのためにこの部屋が最後になったんだと思うし……」
「あ、じゃあやっぱり桃乃さんが……」
 あはは、と笑っておく。沙夜子さんはずっとお菓子を食べているけど。
「お母さん、ほら行くよ。そういうことならみんなにもお菓子分けてあげないと」
「……、嫌……」
「いやじゃなくって、その方がおいしいって。ほらー!」

〇白鳥隆士の場合
 朝美ちゃんと小夜子さんを伴って部屋に帰ってくると、宴会の準備が整っていた。部屋には僕たち三人以外の住人がそろっていて、山ほどの酒や梢ちゃんの料理(くりぬいたかぼちゃを使ったもの)を用意していた。いつまでやるつもりなんだろう……。
「あっ、お帰りなさい。白鳥さん」
「おっ、帰ってきたねー。それじゃ宴会するわよー! いいかものどもー! 今宵は酒じゃー!」
「へッ、酒だ酒だー! 酒持ってこいやー!」
「灰原さんもう酔ってませんか〜?」
「……課題やりたいんですけど……」
「そんなこと知らんわー! 飲めー!」
「ってちょっと、未成年に飲酒勧めないでくださいよ!」
 ああ……、課題……。

    *

深夜を過ぎて、酔いつぶれたり疲れきったりしてみんなが眠ってきた頃になって、僕はようやく課題を始めることができた。余計なものがずいぶんと入ってるけど気にしないでいこう。
描き始めてしばらくするとお茶を持った梢ちゃんが話しかけてきた。
「あのう、白鳥さん……」
「ん? どうしたの梢ちゃん」
「あ、あのすみませんでした。もうちょっと早く止められれば良かったんですけど……」
「あ、宴会のこと?」
 梢ちゃんはその問いにこくりとうなずく。
「それなら大丈夫だよ、こうして課題も終わりそうだしね。それに……」
 僕は梢ちゃんに描いていた絵を見せる。
「こうしているのも、悪くはないかなって」
 僕の部屋で酒びんや食べ終わった食事の皿を片づけることもせずに雑魚寝しているみんなの絵を見せると、
「はい、そうですね……」
 そう言って二人して笑った。



あとがき

そんなわけでだいぶ遅れてしまいましたが誕生日と、ブログ設立3周年おめでとうございます。
前々から考えていた『まほらば』の2次創作を。季節柄に合わせてハロウィンの話です。鳴滝荘の住人以外がほとんど出せなかったのが心残りでしょうか。また書くかもしれませんが、とりあえずは原作の世界観を壊していないことを願うばかりです。
それでは。



――――管理人からのコメント

 お祝いのお言葉と小説、ありがとうございます!
 初めての『まほらば』の二次創作小説だったこともあってか、すごく楽しく読めました。
 なんかこう、読んでいてちゃんと原作のイラストとピッタリ合いましたよ。デフォルメ絵などもシーンごとに頭の中で再生されました。
 また、ハロウィンという題材が、『まほらば』と非常にマッチしていましたね。賑やかな感じがすごくよく出ていました。

 『まほらば二次』、またの投稿もお待ちしておりますね。
 それでは。



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